重症筋無力症
重症筋無力症とは?
重症筋無力症とは、神経からの信号がうまく筋肉に伝わらないために骨格筋を収縮させる事が出来なくなる病気です。
神経の先端から筋肉の表面に向かって様々 な物質が分泌されることで神経の信号が筋肉に伝わりますが、重症筋無力症ではこの分泌された物質を筋肉側がうまく受信できないため、筋肉の収縮が起こりに くくなります。
殆どの場合に、神経筋接合部の筋膜側に存在するアセチルコリン受容体に対して何らかの原因で自己抗体が産生され、受容体が破壊されてしまう事で筋肉が信号を受け取れなくなります。
臨床症状
人間だと声やまぶたの動きに異常が出たりとても疲れやすく感じたりする症状が多いですが、犬や猫では同様に疲れやすくなったり食べ物を胃まで送る事が出来なくなったりする事が多く、発声障害や呼吸が早く荒くなる事も珍しくありません。
少し歩くとすぐに休んでしまい、休むとまた歩けるようになるという症状が後肢で特に明らかになります。
重症になると歩いたり自身の体重を支えたりする事が全くできなくなります。
症状が局所のみに出る局所型、全身の骨格筋に出る全身型、そして全身型の中でも劇的な症状が認められる劇症型に分けられる事が一般的で、劇症型の治療は難しい事が少なくありません。
85%程度の犬では食道が運動性を失って異常に拡張し、巨大食道症と呼ばれる状態に陥ります。
巨大食道症になると食べ物が食道内に貯留してしまい、食後や頭を下げた時に不定期に食道内容物が逆流し、その結果として誤嚥性肺炎を起こすと生命に関わる事があります。
また、起立歩行が出来なくなった患者は頚髄などの病気と混同されがちです。猫では犬と比較して食道に異常が認められる事は少ないです。
診断
詳細な病歴と神経学的な検査が診断の決め手となります。
重症筋無力症では神経学的検査が正常となる事があり、詳細な病歴を伺う事がとても大切です。
診断の補助としてエドロホニウムという薬を静脈内に注射して症状の改善が2-3分程度認められるかを調べる事がありますが、確定診断には血液中の抗アセチルコリン受容体抗体を測定する必要があります。
臨床症状とエドロホニウム投与試験で重症筋無力症がほぼ確定的だと判断された場合でも、治療を終了する際の指標になりますので、この抗体を測定する検査は大切です。
ごく少数例(ある報告では2-3%)の患者で抗体の検査が陰性となります。
患者によっては特殊な電気生理学的検査を実施する事がありますが、動物の場合には全身麻酔が必要となる検査であり、本症の患者は全身麻酔に対する危険性が少し高いため、抗体の検査でも確定的な診断が下せない場合やその他の理由で必要な場合などに行われます。
また、場合によっては肋間筋の生検による非常に特殊な筋肉の機能的検査も実施される事がありますが、特殊検査機関との連携が必要です。
犬の重症筋無力症の大多数は特別な原因が判らない自然発生型の自己免疫疾患として知られていますが、猫の約1/4、人間の約2/3の患者で胸腺腫やその他の腫瘍、薬剤誘発性などによって起こるとの報告もあり、診断の一部として胸部レントゲン検査などが大切になります。
犬では胸腺腫による重症筋無力症は約3%との報告があります。
治療
治療は基本的にピリドスチグミンなどの薬を用いてアセチルコリン分解酵素を抑制し、併せてステロイド剤などで免疫システムの暴走を止めます。
ステロイド剤の使用に際しては、薬の副作用として筋肉の虚弱が起こるため、通常は低用量から開始するなど注意が必要です。
誤嚥性肺炎を起こした患者に対する免疫抑制剤の使用は議論の的であり、慎重に検討されるべきです。
犬の重症筋無力症の多くが自然寛解に至る事がSheltonによって報告されており、免疫抑制剤の使用を含めた治療方針の決定は神経科医の経験とそれぞれの患者によって総合的に決定されます。
重症筋無力症のジレンマの一つとして、治療に用いる薬を与えすぎると病気自体と同じような症状を起こすため、治療中には投薬量の見直しや抗体の再検査など継続的な通院が必要となる事があります。
予後
重症筋無力症の約90%は適切なケアによって寛解に至るとの報告もありますが、誤嚥性肺炎などの合併症を起こすと生命に関わる場合があります。
局所型の重症筋無力症では巨大食道症が完全に改善しない事も少なくなく、予後は要注意です。