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神経・筋肉の病気

椎間板ヘルニア

椎間板ヘルニアとは

脊髄は脊椎(背骨)の中を通り、脳からの指令を全身に伝え、また末梢の感覚などの情報を脳に伝える働きをもちます。
脊椎同士の間には椎間板が存在し、骨同士の衝突を防いでいます。
椎間板は脊椎が動く際のクッションの役目を果たすとても大切な組織で、中心部にゼリー状の髄核があり、その周囲を何重もの線維のカプセル(線維輪)が囲んでいます。
椎間板に圧力が加わると椎間板は拡散する髄核を弾力性のある線維輪が受け止めて衝撃を吸収します。
線維輪は腹側に比べて背側が薄く、断続的な負荷によって断裂が起こりやすい状態にあります。
この椎間板が脊髄に向かって飛び出し、脊髄を圧迫する状態が椎間板ヘルニアです。
犬の椎間板ヘルニアが最も起こりやすい場所は、胸椎と腰椎の移行部(背中)と頚椎(首)です。
猫では比較的稀ですが腰椎に起こることがあります。
 
椎間板ヘルニア1

正常な脊椎と脊髄

椎間板ヘルニア2

ハンセン1型

椎間板ヘルニア3

ハンセン2型

 ハンセン1型椎間板ヘルニア

ミニチュアダックスフンド、ビーグル、ウェルシュコーギー、コッカースパニエル、ペキニーズ、シーズー、ラサアプソなどの“胴長短足”な犬種では、約2歳齢までに椎間板(特に髄核)が変性を起こして脱水し、ゼリー状の髄核が固いチーズ状あるいは骨のように硬い組織に変化します。
このような変化が起こると椎間板は衝撃を吸収することができなくなり、日常生活の動きによって変性した髄核が少しずつ線維輪に細かいヒビを作り出します。
最終的にこのヒビが貫通した時に硬い変性した髄核が突如大きな塊として飛び出し、脊髄を圧迫します。
ハンセン1 型の椎間板ヘルニアの多くは3-7歳までの間に好発しますが、8歳以上の犬でも珍しくありません。
一方、外傷による場合を除いて2歳未満で椎間板ヘルニアを起こすことは非常に稀です。
活発に運動するラブラドール、ドーベルマン、ジャーマンシェパード、ロットワイラーなど大型犬種にもこのタイプの椎間板ヘルニアが認められることがあります。
 

ハンセン2型椎間板ヘルニア

椎間板が加齢に伴って変性し、徐々に分厚くなった線維輪が脊髄をじわじわと圧迫します。
このタイプの椎間板ヘルニアの多くは成犬から老犬に多く起こり、慢性的に悪化します。
人間の椎間板ヘルニアの殆どがこのタイプです。
動物の場合も一般的に慢性的に徐々に進行します。
 

臨床症状

急性あるいは慢性にヘルニアを起こした部位よりも後ろ側に症状が出ます。

胸腰部椎間板ヘルニアでは症状の重症度は以下の5段階に分類されており、特にグレード5の患者では早期の手術が推奨されています。

グレード 歩行 症状
背中の痛みのみで神経の機能は正常。階段を上りたがらない、背中がいつもよりアーチ状になっている、抱き上げた時にキャンという、跳んだり跳ねたりしない、などの症状が多い。
両後肢にふらつきがあるものの、身体を支えて四肢で歩くことができる。
両後肢は多少動くものの身体を支えることができない。前肢だけで歩く。
× 下半身は全く動かず尻尾も振ることができないが、後肢の感覚は残っている。自力での排泄が不可能なことが多い。
× 下半身は完全に麻痺しており、動かすことも出来ず感覚も全く無い。自力での排泄は不可能。

治療法

1. 内科療法

症状が軽度な症例に対して選択する治療法です。通常、この治療には4-6週間の絶対安静が必要です。椎間板ヘルニア自体は元に戻らずに脊髄を圧迫し続けるため、脊髄機能の回復は手術に比べて時間がかかり不完全なものになることが少なくありません。
内科療法は症状が重い患者、症状が悪化してきている患者、生活環境や性格により十分な安静が困難な患者では不向きです。抗炎症量のステロイド療法は患者の疼痛を抑える程度の働きをもちますが、脊髄機能を回復させる直接の作用はありません。
適切な内科療法によって症状が一時的に改善しても、後に椎間板ヘルニアが再発し、脊髄障害は更に重症となる危険性があります。

2. 外科療法

全身麻酔をかけMRIやCT検査により椎間板ヘルニアの発生部位を確認し、脊椎の一部を削って脊髄を露出し、脊髄を圧迫している椎間板を取り除く方法です。

頸部椎間板ヘルニアの症状

頸部椎間板ヘルニアの多くは非常に強い痛みを引き起こし、犬が遭遇する様々な病気の中で最も痛い部類に入るといわれています。首に痛みのある動物は、首をすくめて震えていることが多く、床に置いた食器から食事をしたがらなくなることも多いです。また、抱っこされた時に鳴いたり、頭を触られることを嫌がって噛むことも珍しくありません。
脊髄の圧迫が重度になると首から下の四肢に麻痺やふらつきが認められるようになり、更に完全に麻痺すると呼吸をする横隔膜などの筋肉も麻痺を起こして生命に関わることがあります。また、椎間板ヘルニアが脊髄の横に逸れて出てしまった場合には、前肢を動かす神経を圧迫して強い痛みを起こすことがあります。このような場合には片側前肢のびっこ(跛行)が認められることがあり、整形外科疾患との区別が難しい場合があります。

内科療法

ふらつきなどの神経学的異常がなく、症状が痛みだけの場合には4-6週間の安静(ケージレスト)により症状が改善することがあります。しかし、激しい痛みが続く場合には手術が必要になることがよくあります。
一般的には1-2週間以内に痛みが改善しない場合には、痛みをとるために手術を検討する場合があります。

外科療法

脊髄を圧迫している椎間板を取り除く方法で、ベントラルスロットという手術方法を行うことが多いですが、場合によっては別の手術方法(片側あるいは背側椎弓切除術)を行うこともあります。
いずれの手術方法でも約90%の症例で痛みの改善や四肢の機能回復が期待できますが、四肢が完全に麻痺してしまった症例では、手術後も数日間は呼吸状態などに注意が必要だったり、麻痺も改善しないことがあります。
 

重い脊髄損傷のため下半身麻痺になった動物のケア

下半身麻痺になった動物のケア
下半身が完全に麻痺して脊髄機能が回復しなかった患者は、生活の質を改善するために車椅子などをご提案させて頂くことが多いです。車椅子に慣れた動物は毎日の散歩などができるようになり生活の質が改善しますが、このような下半身麻痺の動物をケアする上で最も大切なことは適切な排尿の管理と尿路感染症の予防・治療です。
一般的に1日3回程度の圧迫排尿が必要となりますが、それでも繰り返し膀胱炎を起こして検査や治療が必要になることが多く、何年間にも渡るこのケアはご家族にとって大きな負担となります。人間でも重度な脊髄損傷患者の大きな死亡原因として腎盂腎炎が挙げられており、下半身が麻痺した動物においても同様に注意が必要です。
 
下半身が麻痺した動物は膀胱炎の徴候を示さないため膀胱炎の早期発見が難しく、結果として重度な膀胱炎が圧迫排尿の度に尿管を通じて腎臓へ逆流し、腎盂腎炎へと波及することがあります。一方、尿道カテーテルの留置は尿路感染症の発生率を大きく増加させるため推奨されません。車椅子が必要な動物に対しては数ヶ月毎の定期的な尿培養検査と必要に応じた治療が推奨されます。なお、予防的な抗生物質の投与は耐性菌による膀胱炎の発生率を飛躍的に上昇させるため禁忌とされています。

 

重症筋無力症

重症筋無力症とは?

重症筋無力症
重症筋無力症とは、神経からの信号がうまく筋肉に伝わらないために骨格筋を収縮させる事が出来なくなる病気です。神経の先端から筋肉の表面に向かって様々な物質が分泌されることで神経の信号が筋肉に伝わりますが、重症筋無力症ではこの分泌された物質を筋肉側がうまく受信できないため、筋肉の収縮が起こりにくくなります。
 
ほとんどの場合に、神経筋接合部の筋膜側に存在するアセチルコリン受容体に対して何らかの原因で自己抗体が産生され、受容体が破壊されてしまう事で筋肉が信号を受け取れなくなります。
 

 臨床症状

人間だと声やまぶたの動きに異常が出たりとても疲れやすく感じたりする症状が多いですが、犬や猫では同様に疲れやすくなったり食べ物を胃まで送ることが出来なくなったりする症状が多く、発声障害や呼吸が荒くなることも珍しくありません。少し歩くとすぐに休んでしまい、休むとまた歩けるようになるという症状が後肢で特に明らかになります。重症になると歩いたり自身の体重を支えたりすることが全くできなくなります。
症状が局所のみに出る局所型、全身の骨格筋に出る全身型、そして全身型の中でも劇的な症状が認められる劇症型に分けられますが、劇症型の治療は難しい場合が少なくありません。
約85%の犬では食道が運動性を失って異常に拡張し、巨大食道症と呼ばれる状態に陥ります。巨大食道症になると食べ物が食道内に貯留してしまい、食後や頭を下げた時に不定期に食道内容物が逆流し、その結果として誤嚥性肺炎を起こすと生命に関わることがあります。猫では犬と比較して食道に異常が認められることは少ないです。

診断

重症筋無力症では神経学的検査が正常となることがあり、詳細な病歴を伺うことがとても大切です。また、診断の補助としてエドロホニウムという薬を静脈内に注射して症状の改善が2-3分程度認められるかを調べることがありますが(テンシロンテスト)、確定診断には血液中の抗アセチルコリン受容体抗体を測定する必要があります。
臨床症状とテンシロンテストで重症筋無力症が確定的だと判断された場合でも、治療を終了する際の指標になることから、抗アセチルコリン受容体抗体を測定する検査は大切です。なお、ごく少数例(ある報告では2-3%)の患者で抗体検査が陰性となります。
患者によっては特殊な電気生理学的検査を実施する場合がありますが、動物の場合には全身麻酔が必要となる検査であり、本疾患の患者は全身麻酔に対する危険性が少し高いため、抗体検査でも確定診断が下せない場合やその他の理由で必要な場合に行います。また、場合によっては肋間筋の生検による非常に特殊な筋肉の機能的検査も実施されることがありますが、特殊検査機関との連携が必要です。
犬の重症筋無力症の大多数は特別な原因が判らない自然発生型の自己免疫疾患として知られていますが、猫の約1/4、人間の約2/3の患者で胸腺腫やその他の腫瘍、薬剤誘発性などによって起こるとの報告もあり、診断の一部として胸部レントゲン検査が大切になります。犬では胸腺腫による重症筋無力症は約3%との報告があります。

治療

治療は基本的にピリドスチグミンなどの薬を用いてアセチルコリン分解酵素を抑制し、併せてステロイド剤などで免疫システムの暴走を止めます。ステロイド剤の使用に際しては、薬の副作用として筋肉の虚弱が起こるため、通常は低用量から開始するなどの注意が必要となります。誤嚥性肺炎を起こした患者に対する免疫抑制剤の使用は議論の的であり、慎重に検討されるべきです。
犬の重症筋無力症の多くが自然寛解に至ることがSheltonによって報告されており、免疫抑制剤の使用を含めた治療方針の決定は神経科医の経験とそれぞれの患者によって総合的に決定されます。
重症筋無力症のジレンマの一つとして、治療に用いる薬を与えすぎると病気自体と同じような症状を起こすため、治療中は投薬量の見直しや抗アセチルコリン受容体抗体の再検査など継続的な通院が必要となります。

予後

重症筋無力症の約90%は適切なケアによって寛解に至るとの報告もありますが、誤嚥性肺炎などの合併症を起こすと生命に関わる場合があります。
局所型の重症筋無力症では巨大食道症が完全に改善しないことが少なくなく、予後は要注意です。

狂犬病

狂犬病とは?

狂犬病は、ラブドウイルス科に属する狂犬病ウイルスに感染することで発症するウイルス性疾患です。
全ての哺乳類が感染・発症するため、日本語で狂犬病と言われているものの、犬に固有の病気ではありません。
狂犬病を発症した動物に噛まれることで感染を起こし、体内に入ったウイルスは筋肉から末梢神経へ入り、脊髄を経て最終的に脳へと到達します。
また、唾液腺にもウイルスが含まれるため咬傷によって感染を起こします。

現在、日本を含めた世界のごく一部の国・地域には狂犬病が存在しておりませんが、全ての哺乳類が感染発症するため一旦野生動物にウイルスが入ってしまうと排除することがほぼ不可能な状態になります。
これらのごく一部の国・地域を除いて狂犬病は世界中に存在し、ポピュラーな病気です。

幸いウイルス自体はあまり大きな変異を起こさないので既存のワクチンが極めて有効であり、狂犬病は予防できる病気として世界中で認識されています。

日本は1957年を最後に国内での狂犬病が確認されていませんが、グローバル化の進んだ現代では、いずれ狂犬病が再び日本に入る日が来ることが現実的な懸念となっています。

狂犬病の最大の脅威は、死亡率が100%だという点です。
感染が疑われるような事態の後にすぐにワクチンを複数回打つことでウイルスが中枢神経組織へと侵入することを食い止める手立てが取られますが、一旦脳脊髄に侵入して発症すると治療方法はありません。

狂犬病は定期的なワクチンによって予防できる病気ですので、定期的なワクチンをきちんとしてあげましょう。

厚労省狂犬病
アメリカのCDCサイト(英語)
アメリカ獣医師会の狂犬病情報サイト(英語)
 

キアリ様奇形

キアリ様奇形とは?

キアリ様奇形とは、人間において先天性奇形によって起こるキアリ奇形のうち1型に類似した奇形が犬でも多く認められることから、その疾患に対する呼び名です。後頭骨形成不全症候群(Caudal Occipital Malformation Syndrome: COMS)と呼ばれることもあり、小脳の一部が頭蓋骨の穴から滑り出して脳幹を圧迫してしまうことで脳脊髄液の流れに変化を起こし、脊髄内に異常な液体貯留(=脊髄空洞症)を起こすことで様々な臨床症状を起こす疾患です。
小脳と脳幹が収まっている部分の頭蓋骨(=硬い容器)の大きさが豆腐のように柔らかい内容物に対して少し小さすぎることが原因ではないかと考えられていますが、詳細な病態生理学は解明されていません。
キアリ様奇形はキャバリアキングチャールズスパニエル(CKCS)が特に有名ですが、それ以外の小型犬種でも珍しくありません。また、キアリ様奇形以外の原因でも脊髄空洞症が起こることがあるため診断には注意が必要です。

臨床症状

一般的に若齢時に発症することが多く、痛み、側湾症、ファントムスクラッチと呼ばれる片耳や肩の辺りを継続的に掻く行動異常が非常に多く認められます。
キアリ様奇形を持つ動物は脳室の拡大、脳幹の形状異常に関連すると考えられる脳梗塞などを起こすことも知られており、それらによる痙攣や急性の脳障害などを起こすこともあります。
本症を持つ患者のうち約75%は次第に症状が悪化することが知られています。

診断

宇津木キアリ

キアリ様奇形と脊髄空洞症

診断には病歴、神経学的検査とMRI検査が必要です。

ただし、臨床症状を伴わない動物でもMRI上でキアリ様奇形が認められることがありますので、診断は注意深く行わなくてはなりません。

また、本症に併発して他の先天性奇形が認められることも珍しくないため、場合によっては全体像を把握するためにCT検査が必要になります。

 画像診断のジレンマ

英国のDr. Rusbridgeらのグループは非常に活発に本疾患を研究していますが、臨床的に正常な555頭のCKCSのうち12ヶ月齡で25%、6歳齡以上では70%以上の犬でMRIで脊髄空洞症が認められたとの報告があります。これは、年齢と共に脊髄空洞症が増加、進行することを証明していると共に、画像診断で異常があっても臨床的には全く正常な犬が沢山いることを証明しています。
また、別の研究では首のみならず腰にも多くの犬が脊髄空洞症を起こすことが報告されています。(Loderstedt_2011_Vet J)
臨床症状と画像上の異常の両方を十分に理解して注意深く診断を下す必要がありますので、神経科専門医へのコンサルタントが勧められます。

治療法

1) 内科的治療:小脳による脳幹の圧迫や脊髄空洞症による痛みや不快感を軽減するために内服薬を使用します。
2) 外科的治療:後頭骨の一部を除去し、小脳による脳幹への圧迫を軽減します。

約80%の患者で症状の改善が期待できますが、数年かけて徐々に症状が再発することも
ありますので長期的な予後は要注意です。Rusbridgeらによる小規模研究では、約50%の患者に再発が認められたと報告されています。
近年、神経外科医によっては再発を防ぐために後頭骨の一部を除去した後に骨セメントと特殊な金属インプラントを用いて人工的に少し大きい頭蓋骨を形成する場合がありますが、長期的な成績は今後の研究で明らかにされる必要があります。

予後

様々なキアリ様奇形の症状の中で、疼痛は最もコントロールが難しいことが知られており、手術や神経原性疼痛に効果のある薬を併用しても疼痛はなかなか改善しないことがあります。この理由として、脊髄内において痛みを伝達する物質の分泌に変化が起こっていることが関与しているとの報告があります。
本疾患はこれから解明されなければいけないことも多く、研究成果によっては今後治療方法などが変わる可能性があります。

 

ウォブラー症候群

ウォブラー症候群とは

ウォブラー症候群は後部頚髄狭窄症(Caudal cervical stenotic myelopathy)などとも呼ばれており、一般的に大型・超大型犬種や馬にみられ、頚部脊髄の圧迫病変により頚部痛、跛行、四肢麻痺などの臨床症状を引き起こす症候群です。
この症候群は、特にドーベルマンとグレートデンに多発し、その他にはセントバーナード、マスチフなどに頻発します。

病因

この症候群は歴史的に1つの症候群として呼ばれてきましたが、病態は大きく2つに分けられます。
すなわち、成長期の超大型犬種に起こる脊椎の形成異常によって第5-6-7頸椎および第1-2-3-4胸椎に起こる脊髄圧迫と、中高齢のドーベルマンなどの大型犬に認められる慢性の椎体不安定症による二次的な変化として椎体周囲の靭帯、椎間板線維輪、関節包などの骨以外の組織が肥厚した結果、第5-6-7頸椎から第1胸椎脊髄にかけて脊髄が圧迫されるというものです。
特に成長期の超大型犬の場合には複数病変が認められる事が多い(85%)ことが報告されています。(Da Costa_2012_VRU)
ウォブラー症候群という同じ名前で呼ばれているものの、これら2つの病気は全く異なるものとして考えられています。

臨床症状

初期症状の多くは頚部痛と後肢のふらつきですが、ウォブラー症候群では首の根元が障害を受けることが多く、頸部痛ははっきりとしない場合も少なくありません。
頚部痛があると首を動かすのをためらい、頭をまっすぐにしたまま低い位置に保とうとします。特に中高齢のドーベルマンなどの場合には頭を高く上げと頸部痛が悪化するため、このような特徴的な姿勢を取る事が一般的です。また、Two engine gaitと呼ばれる非常に特徴的な歩き方をすることが多く、典型的な症例では神経科医は歩行検査で暫定的な診断を下すことが可能です。
運動制限、ステロイド療法などにより一時的に症状が軽減することも少なくありませんが、多くの症例で慢性進行性(時に急性進行性)の経過をたどり、患者は重度な四肢不全麻痺、歩行困難な状態へと陥ることがあります。

診断

診断には身体検査と歩行検査、そして神経学的検査が非常に重要です。それらの検査によってウォブラー症候群が疑われた場合にはMRI検査を行いますが、MRIで多少の異常が認められても臨床症状がないことがあるため、画像診断だけで治療方法を決めることは出来ません。
他に脊髄造影とCTを組み合わせた診断方法もありますが、ウォブラー症候群を持つ犬の脊髄造影後は痙攣の合併症を起こす確率が増すことが複数の研究で報告されており、実施時には十分な注意が必要です。
Two engine gaitという特徴的な歩き方は首の根元に病変部位がある場合に典型的に認められるものであり、ウォブラー症候群に限られたものではありません。
 

MRI T2強調 矢状断像:脊髄内の白い部分が慢性脊髄障害による病変

T2矢状断MRI画像:青矢印の部位(脊髄内の白い部分)が慢性脊髄障害による病変

T2強調 横断像(左:病変部位、 右:正常な部位)

病変部位 正常な部位

 

この様な両側からの骨組織増生による圧迫は若い超大型犬種に多く見られます。

治療法

内科的治療法

脊髄内の腫れや炎症を抑えるためにステロイド剤の投薬、安静や運動制限を行います。

手術法

腹側椎体牽引・癒合法(ピンと骨セメントを用いたもの、あるいは骨セメントのみを使用したもの、スクリューと骨セメントを用いたものなど様々)、背側椎弓切除術、椎体部分的切除・人工椎体牽引癒合装置の使用などが挙げられます。
内科療法と外科療法の単純比較は困難ですが、特に中高齢のドーベルマンなど大型犬に認められるタイプの疾患については様々な研究がオハイオ州立大学などで活発に行われています。実際の治療成績には様々な要因が絡んできますので解釈には注意が必要ですが、比較的大規模な研究では以下のように手術の方が改善する傾向が強いことが示されています。しかし、悪化する危険性や中央生存期間には大きな差は認められていません。
104頭のウォブラー症候群患者に対する回顧的研究
  改善 変化無し 悪化 中央生存期間
内科的治療(67頭) 54% 27% 19% 36ヶ月
外科的治療 (37頭) 81% 3% 16% 36ヶ月

Da Costa et al_2008_Journal of American Veterinary Medical Association

まとめ

ウォブラー症候群の予後判定は難しく、一般的に慢性に悪化してきた症例、歩行不可能なほど重度の神経障害を伴う症例、複数の圧迫病変を持つ症例(特に胸椎に病変が及ぶもの)などでは治療に対する反応が良くありません。この症候群に対する治療法の選択は難しく、獣医神経科医によって意見が分かれることがあります。内科療法と外科療法の選択、あるいは外科療法の中での手術方法の選択は、個々の症例、神経科医の経験、あるいはご家族のご意向を総合的に判断して行われるべきです。一つの病気に対して様々な手術方法がある状況は決して理想的とはいえず、どの手術方法も一長一短であるというのが現在の米国獣医神経科専門医に共通した見解です。
術後、一過性に症状が悪化することも約70%の症例で報告されており、歩行困難な(超)大型犬に対する術後管理は大変重労働であり、短期的・長期的予後や様々な術後合併症についてご家族に十分な説明が行われるべきだと考えられています。

変性性脊髄症

変性性脊髄症とは

痛みを伴わず、ゆっくりと麻痺が進行する脊髄の病気で、以下のような4段階の病期に分けられます。
ジャーマンシェパード、バーニーズマウンテンドッグ、ボクサー、ウェルシュコーギーなどに多く認められ、日本では特にウェルシュコーギーでの発生が多くみられています。
どの犬種でも症状は9-11歳頃から現れ、後ろ足から麻痺が始まります。過半数以上の犬において、片側の後ろ足を散歩中に擦って歩く、段差を踏み外す、などの症状がまず認められます。病気が進行すると両側の後ろ足の麻痺が徐々に進行し、病変は脊髄の前の方にも広がって前足にも麻痺が現れます。また、自分で排泄する事が出来なくなります。さらに進行すると、病変は脳幹まで達して呼吸困難や嚥下困難が起こります。通常、これらの症状は2-3年かけて進行します。
犬の変性性脊髄症は人間の難病指定疾患の一つである筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気ととても似た病気だと考えられています。

4つの病期

ステージ1 両後肢のふらつきが認められるが、まだ四肢での歩行が可能
ステージ2 両後肢の麻痺が進行し、後肢での歩行が困難。前肢は正常。
ステージ3
前肢にもふらつき、ナックリングが認められるが、まだ歩行可能。
多くの場合、この時期までに自力での排泄も困難になる。この時期には下半身の筋肉がひどい萎縮を起こす。
ステージ4
四肢が麻痺してしまい、歩行が不可能。呼吸困難、発声障害、嚥下困難なども起こる。全身に重度の筋萎縮が認められる。本疾患の末期で、生活の質が著しく低下する。
 

原因

2009年に原因に関与する遺伝子が発見されて世界中で大きな話題を呼びましたが、人間のALS同様にまだまだ解明すべきことが多く、詳細な原因はまだ分かっていません。
ALSは様々な原因で起こり、進行パターンも様々ですが、犬の変性性脊髄症は犬種に関わらず同じように発症し、同じくらいの速度で同じパターンで進行することが分かってきています。
 

診断

確定診断には脊髄の病理検査が必要となるため、生前の確定診断は不可能です。症状の経過や各種検査(遺伝子検査、MRI検査など)を組み合わせることにより、暫定的な診断を下します。
この暫定的な診断手順は主観的な部分も多く特殊な知識と経験が必要ですので、神経科医の受診が勧められます。遺伝子検査が陽性でも臨床症状を発症するとは限らず、解釈については十分な注意が必要です。

治療法

残念ながら、現在のところこの病気に対する治療法は見つかっていません。抗酸化作用のあるビタミンやサプリメントが歴史的に使用されてきましたが、その効果は科学的に証明されていません。唯一、理学療法が生活の質を維持するために有効であると報告されています。
ただし、病期によっては過度の理学療法は筋肉を余計に痛めてしまい病気の進行を早めてしまう可能性がありますので、個々の動物のケア計画は犬の理学療法の専門資格(CCRP)を有する者に定期的に評価してもらいながら進める必要があります。
また、麻痺により足を地面に擦って歩くので、靴などを履かせて皮膚がすれないように保護する必要があります。
症状が進行して下半身が完全に麻痺したら車椅子をご提案することが多く、同時期に排尿の介助が必要となることも多いです。
終末期に寝たきりになるまでご家族にケアしていただいた子は、床ずれが出来ないように体位変換を行ったり、食事や排尿の介助を行なう必要が生じます。

脊椎骨折

脊椎骨折

交通事故等による脊椎損傷を疑う動物を搬送する際は、いくつか気をつけなければならないことがあります。
脊椎損傷のような重症の怪我をしている動物は、傷みと恐怖のためにご家族にさえも噛み付いてしまうことがよくあります。
まず、動物に触れたり運んだりする時に噛まれないように注意してください。

また、怪我をした動物が動き続けることで脊髄障害が更に悪化することがあります。

背骨骨折 搬送
一番安全なのは、大きな毛布などでそっと包み、車のラゲッジスペースなどに動かないように寝かせ、一刻も早く救急施設のある動物病院へ搬送してください。
中・大型犬の場合は一人で抱えると骨折が動くことで脊髄障害を更に悪化させてしまう可能性がありますので、複数人数でできるだけ動かさないようにそっと車などに載せてあげてください。
搬送時に写真のような硬い板状のものがあれば、動かないように身体全体を固定してあげて下さい。

全身の評価



脊髄に障害を来すような重度の外傷がある動物の約50%で、気胸、肺挫傷、横隔膜ヘルニア、尿路系傷害、四肢の骨折などの神経系以外の障害を併発しています。このため、胸部、腹部、四肢など全身的な評価をする必要があります。特に胸部の挫傷による不整脈の発現は事故後48時間までに起こる可能性があります。また、神経の中でも複数箇所を怪我していることがあります(例:頚椎と頭部など)。起立・歩行ができない動物は骨折、靭帯損傷、上腕神経叢離断などの障害の有無も併せて評価する必要があります。
どのような患者であっても、身体を大きく動かさずに、全身状態を迅速に評価する事がとても大切です。そして、身体検査後には、血液検査、血圧測定などに加えて頚部、胸部、腹部のレントゲンなどの基本的な検査は全ての患者に行うことが推奨されます。
詳細な評価を行うには時間がかかりますし、経時的に経過を追う必要がありますが、急性脊髄障害や急性脳障害の患者に対する緊急的な対応として、基本的な検査と併せて鎮痛薬の投与と静脈内輸液による血液循環がとても大切です。
このように、重度な外傷患者の治療は、患者全体を迅速に評価して適切な治療計画を立てる事がとても大切です。例えば、手首を骨折していても肺や肝臓などの損傷が大きい、あるいは脳損傷を起こしているような動物にとっては、手首の骨折の手術は緊急性が低くなります。

診断

脊椎骨折自体の評価は、歴史的には無麻酔で検査が可能なレントゲン検査が用いられてきましたが、Kinnsらによる報告では、脊椎骨折や亜脱臼を検出する感受性はそれぞれ72%と78%であり、複数箇所で骨折・脱臼を起こしていることもあるため、CTによる評価が推奨されます。また、脊髄障害の重症度の把握のため、MRIによる評価も併せて行います。

治療

脊椎骨折の治療には、保存療法と外科手術があります。

保存療法

脊椎骨折によって脊椎が不安定になっていないと判断された場合は、保存療法の適用となることがあります。
人間で使用されている脊椎骨折の不安定性を客観的に評価するシステムは動物では確立されておらず、そのまま適用することも難しいと考えられています。
保存療法は絶対安静と疼痛管理がメインとなり、経時的にレントゲン検査などで骨折箇所の確認を行います。

外科的治療

脊椎骨折により脊椎が不安定な症例や重度の脊髄圧迫がある症例では早急な外科的治療が必要です。
レントゲン、CT、MRI検査などにより脊髄圧迫の部位や重症度を評価した後、骨折の整復と固定を行います。
脊椎の骨折によって術前にグレード5(椎間板ヘルニアの項を参照)と判断された患者が脊髄機能を回復する可能性は低く、残念ながら機能回復を目的とした手術は推奨されません。
骨折部位によってはプレートとスクリューによる固定も可能な場合がありますが、最も効果的な椎体固定術は、陽性ネジピンあるいはスクリューと骨セメントによるものです。この手術を行うには清潔な手術環境が必要です。

予後

外科手術によって脊椎骨折を整復・固定した症例の多くは数ヶ月間かけて歩行可能な状態まで回復しますが、術前の麻痺が重度な患者ほど、回復が不完全(ふらつきが残る、排尿・排便を十分にコントロールできないなど)になることが多くなります。
グレード5の患者では脊髄機能が回復する可能性は低く、椎間板ヘルニアと同様に排尿管理(定期的な圧迫排尿)が非常に大切で、日々のご家族の負担は大きなものとなります。膀胱炎を繰り返した結果、腎盂腎炎による急性腎不全が生命に関わる危険性がありますので、数ヶ月毎の定期的な尿培養検査が推奨されます。また、尿路感染症を繰り返し治療することで耐性菌が生まれることが大きな問題となる可能性があります。
 

痙攣

痙攣はご家族が目にする様々な病気の中でも非常にショッキングな状態で、緊急の対応が必要となる場合も少なくありません。人間と同様に動物にも痙攣は比較的多く認められており、特に犬では多く認められることが知られています。

痙攣とは?

痙攣とは大脳皮質が一時的に異常興奮を起こすことで正常な活動がシャットアウトされてしまう結果、脳が一時的に暴走して異常な身体の動き、意識レベルの異常、流涎や失禁などを起こします。
全身が影響を受ける場合と、顔面と前肢だけなど身体の一部分のみが影響を受ける場合がありますが、特に全身が影響を受ける場合は通常数分以内に痙攣自体は終了します。脳自体の病気による痙攣(てんかん発作)が最も起こりやすいのは、夜中や明け方の睡眠時あるいは休憩時です。

原因

痙攣の原因は様々で、特発性てんかん、脳炎、脳腫瘍、脳梗塞、外傷などの「脳自体の病気」だけでなく、他の臓器の病気によって引き起こされることもあり、原因を特定するには様々な検査が必要です。脳が原因の痙攣を「てんかん発作」と呼び、他の臓器が原因の痙攣を「反応性発作」と呼びます。

診断

様々な発作様の症状が痙攣と似ていることがあるため、まずは痙攣(てんかん発作)だったのかどうかがとても大切な第一歩となります。
ご家族からのお話だけでははっきりしないことも多いため、スマートフォンなどで動画を撮影して頂くことはとても有益です。
痙攣だと判断された患者には、まずは全身状態の評価が必要となります。
初めて痙攣を起こした年齢、神経学的検査の結果などを総合的に判断して、可能性の高い原因を割り出します。
脳が原因の痙攣(てんかん発作)が疑われる場合には、MRIや脳脊髄液検査などの検査を行います。診断に脳波計を用いることもありますが、動物では実用的に用いることが難しく、限られた場合にのみ使用されています。また、痙攣の原因を脳波検査のみで診断することはできませんので、適切に使用する事が大切です。

治療

痙攣の治療は、① 原疾患の治療、② 痙攣自体を止めるための治療、に大別されます。
原因不明(=特発性てんかん)の場合には、痙攣を抑えるために②の抗てんかん発作薬の維持投与を行います。
その他の場合には、基本的に①と②を組み合わせた治療を行います。
 

痙攣と“てんかん”

てんかんの定義は、2回以上反復的に起こる痙攣(てんかん発作)です。脳腫瘍、脳炎、脳梗塞、外傷など様々な原因でてんかん発作が繰り返し起こりますが、その中でもMRIや脳脊髄液検査などでてんかん発作の原因となる異常が認められない場合を「特発性(=原因不明)てんかん」と呼びます。
 
特発性てんかんは人間や犬に非常に多く認められ、Scherieflらの報告によると猫でも約25%程度認められます。詳細な原因は分かっていませんが、遺伝的な異常の関与が強く疑われており、盛んに研究が行われています。
 
犬の特発性てんかんの多くは6ヶ月齢〜5歳齢の間で発症するため、てんかん発作が初めて起こった年齢がとても大切な情報となります。また、発作を起こしている時以外は正常であることも一つの特徴です。その反面、脳腫瘍などでもてんかん発作時以外には異常が認められないこともありますので、実際にはMRIなどの詳しい検査が必要となり、神経科医へのコンサルタントが勧められます。
 
てんかんに対する治療は基本的に抗てんかん発作薬の内服となります。基本的に抗てんかん発作薬の内服は一旦開始したら生涯継続する必要があります。治療を開始する基準は、① 6ヶ月間で2回以上てんかん発作を起こした場合、② 1回でもてんかん重積あるいは群発発作を起こした場合、③ 攻撃的になる、視覚消失などの発作後徴候が重篤な場合、④ 構造的てんかんの場合、となります。それぞれの抗てんかん発作薬には特性があるため、そのようなことをよく理解している神経科医へのコンサルタントが推奨されます。
 
また、人間用に開発された新しい抗てんかん発作薬の中には、動物には毒性が強いものや、すぐに身体の中から排泄されてしまったりと、使用できないものがありますので十分な注意が必要です。
特発性てんかんの犬のうち約25%は様々な抗てんかん発作薬による治療にあまり反応しないことが報告されており、人間と同様にこのような難治性てんかんの患者に対するケアは大変困難です。

これは緊急!

以下のような場合には緊急的な治療が必要ですので、痙攣の原因に関わらず近くの救急動物病院まで速やかに連れて行ってあげて下さい。

1.てんかん重積

1回の発作が5分間以上続いた場合、あるいは意識が正常に戻る前に2回目以降の痙攣が起こった場合には、てんかん重積と呼ばれ緊急的な対応が必要となります。場合によっては生命に関わる事態にもなりえます。

2.群発性発作

24時間以内に発作が2回以上起こった場合を群発発作と呼びます。群発発作も頻回に発作を繰り返す場合には緊急対応が必要となります。

水頭症

水頭症とは?

側脳室内に脳脊髄液が病的に蓄積した状態を水頭症といい、様々な小型犬種、幾つかの大型犬種、猫などで先天的に発症することが知られています。先天性水頭症の多くは中脳水道という細い脳脊髄液の通り道が狭窄することで脳脊髄液の流れが滞り、左右両側の側脳室が障害を受けますが、脳内の全ての脳室(側脳室、第三脳室、第四脳室)が拡張することもあります。
水頭症は後天性に起こることもあり、① 脳腫瘍などによって脳脊髄液の流れが阻害される、② 脳組織の一部が脳梗塞や外傷などによって壊死を起こし、脳が無くなった空間を脳脊髄液が埋める、などの原因によって起こります。これらは多くの場合MRIの画像で区別でき、②の水頭症は治療の必要がありません。
なお、臨床的には正常な小型犬種でも、水頭症を思わせる脳室拡大が認められることも多いですが、明確な治療基準は存在しません。

症状

水頭症の患者は様々な神経症状をあらわします。意識状態が低下して活気がない状態や、トイレトレーニングやしつけなどの学習能力が低いことがよくあります。症状が進むと失明、歩行障害がみられ、重症例ではてんかん発作や昏睡状態を起こすこともあります。
最近の小規模研究では、意識レベルの低下や元気消失は100%認められたのに対して、てんかん発作は17%程度の犬にしか認められていませんでした。

診断

特に小型犬では臨床的には正常でも水頭症を思わせる脳室拡大が認められることも多いため、MRI上での脳室拡大だけで水頭症の診断は下せません。診断には患者の年齢、病歴や神経学的検査がとても大切です。また、場合によっては超音波検査を用いて脳圧亢進の有無を調べることもありますが、主観性の高い検査なため経験の多い獣医師が行うことが勧められます。

治療

通常は内科療法により脳圧を下げる治療や脳脊髄液の産生を抑える治療を行いますが、内科療法に反応しない症例では脳室内の脳脊髄液を腹腔内に流す管を設置する手術(VPシャント)を行います。VPシャントは感染の危険性が高いことから、クリーンルームの手術室を備えた施設で十分な準備を行って行うことが必要です。術後の短期的な経過は比較的良好ですが、長期的にはシャントに感染や詰まりなどの問題が多く起こること報告されています。

予後

水頭症は古くから知られてきた病気ですが、ごく最近まで外科手術の成績を評価した研究はありませんでした。上述した通り術後の短期的な経過は一般的に良好ですが、長期的にはシャントに問題が発生することが少なくなく、25-70%の確率で問題が生じたと報告されています。
内科療法の成績は重症度によります。症状が重度な患者は内科療法で改善する可能性が低く、脳が本当に薄い症例では外科手術の危険性も高まるため手術が勧められない場合もあります。

脳腫瘍

脳腫瘍とは

人間と同様に犬や猫にも脳腫瘍は比較的多く認められるということがMRIなどの画像診断技術の発達や獣医神経科医達の長年の努力とデータ蓄積によって近年明らかになってきました。
 脳腫瘍は多くの場合には高齢の動物が罹患しますが、腫瘍の種類によっては1歳未満、あるいは4-6歳で多く認められるものもありますので、全ての年齢で脳腫瘍という病気は起こり得ると考えられています。また、犬種によって発生率の高い脳腫瘍の種類が異なります。

種類

脳の腫瘍は、脳から発生したもの(=原発性脳腫瘍)と、身体の他の場所に出来たガンが転移した場合(=転移性脳腫瘍)があります。

脳原発性腫瘍

脳腫瘍
脳や脊髄自体は柔らかい組織であり、それ自体が腫瘍化することもありますが、最も多いのは脳や脊髄の周りを覆う髄膜という膜が腫瘍化して髄膜腫と呼ばれる腫瘍となることが犬・猫ともに最も多いことが知られています。髄膜種は脳を表面から押し潰してしまうことが多いです。

一方、脳や脊髄自体がガン化する場合には、脳の中に腫瘍が隠れています。グリア細胞腫と呼ばれるものが多く、これ自体も数種類に分類されます。また、脳内にある脳室から発生する脈絡叢腫や上衣腫なども散見されます。

 転移性腫瘍

身体の様々な部位に出来た腫瘍が転移することが知られていますが、犬で最も多いのは血管肉腫という悪性腫瘍であることが報告されています

症状

脳腫瘍ができた場所によって様々な症状が起こりますが、犬ではてんかん発作が最も多く(45%)認められたと報告されています。一方で猫の場合には、元気がない、食欲がない、何となく様子がおかしい、などの漠然とした症状が多いことが知られています。その他、歩き方がおかしい、身体が曲がってしまう、性格の変化、行動パターンの変化、ゴハンの飲み込みが困難、何処か分からないが全身が痛そう、などの様々な症状が認められます。また、亡くなってしまった後の死後の解剖で脳腫瘍が発見されることも珍しくありません

診断

MRIは脳腫瘍の診断には欠かせないものですが、まずはご家族からお話を伺い、年齢、臨床経過や神経学的検査によって脳腫瘍の疑いがどの程度強いかを判断します。

MRIには全身麻酔が必要となりますので、リスクや疑いの強さなどを総合的に考慮してそれぞれのご家族にとって一番良い方法を一緒に考えていきます。

MRIなど画像診断の進歩は著しいものがありますが、脳腫瘍などの病気をMRIだけで断定、あるいは腫瘍の種類を特定することは経験を積んだ専門医でも難しいということが報告されており、場合によってはもう一歩踏み込んだ検査などのお話をすることがあります

治療法

1.緩和療法

手術や放射線治療などの積極的な治療は行わず、症状の緩和を目的とした治療です。

基本的には毎日の飲み薬を用いた在宅治療となります。

2.放射線治療

特殊な装置を使って、放射線を脳腫瘍に集中的に照射してがん細胞の増殖を食い止めます。
腫瘍の種類によって反応が良い場合と悪い場合があります。放射線治療の治療成績報告の多くは、20回の照射を週5日間、4週間かけて実施したものが採用されており、現在日本国内で実施可能な放射線治療は施設によって照射方法や回数が異なるため、海外(主に北米)からの治療成績報告と比較検討することが難しいのが現状です。

3.外科治療

脳腫瘍の場所と種類によっては手術が可能です。

4.化学療法

抗がん剤は一般的に脳腫瘍にはあまり使われませんが、場合によっては他の治療方法と組み合わせて用いることがあります。

それぞれの動物とご家族のために、これらの治療法の中から最適なものをご相談しながら決定します

環椎軸椎亜脱臼

環椎軸椎亜脱臼とは



頸椎のうち第1頚椎を「環椎」、第2頚椎を「軸椎」と呼びます。通常、脊椎同士は間に椎間板が挟まってクッションの役目を果たしていますが、環椎と軸椎の間には椎間板が存在しておらず、4つの靭帯によって支えられています。
生まれつき、あるいは外傷などによってこれらの靭帯に異常が起こると、環椎と軸椎が亜脱臼を起こして脊髄が圧迫されます。

症状


犬の環軸椎亜脱臼の多くが生まれつきの靭帯形成異常によるものであり、半数以上が1歳未満に初期症状を示します。しかし、症例の中には成犬になってから怪我や激しい遊びなどによって症状を起こすこともあります。
チワワ、ポメラニアン、ヨークシャーテリア、ダックスフント、マルチーズなどの小型犬種に好発しますが、中型犬以上や猫でも認められることがあります。
患者は頭部を動かすと激しい痛みを感じ、頭を触られることを嫌がります。また、骨と骨が不安定なので、些細な運動や衝撃で急激に症状が悪化することがあります。
症状が進むと起立不能となり、四肢だけでなく呼吸をする筋肉に麻痺が出ると呼吸困難になって生命に関わる事態となります。

診断

診断には頸椎のレントゲン、MRIおよびCT検査が必要ですが、患者の取り扱いには細心の注意が必要です。MRI検査には全身麻酔が必要となりますが、頸椎が不安定な可能性がある患者の麻酔下でのケアには十分な注意が必要で、経験の多い専門的な医療チームによって行われるべきです。
レントゲン写真上は本症のように見えても、MRIとCT検査で頭蓋骨と環椎の間の関節に起こる別の異常であると判明することもあります。

治療


宇津木かん軸
症状が軽度であったり、若齢動物の場合には安静と首のコルセットを数週間装着することで症状が改善することがありますが、ちょっとした運動などで再発あるいは悪化することが懸念されます。
一般的には手術によって環椎と軸椎を固定する方法が最も有効な治療方法だと考えられています。手術は骨に特殊なピンを数本挿入して骨セメントで固める方法が最も成績が良いですが、患者の大きさや年齢によっては骨が柔らかすぎて手術が困難な事もあります。また、患者の状態によっては治療に大きな危険が懸念されますので、獣医神経科医への早期のコンサルタントが強く推奨されます。
術後は骨同士が癒合するまでの間(一般的には6-8週間)自宅にて安静が必要です。
 

肉芽腫性髄膜脳脊髄炎・壊死性脳炎

脳炎・髄膜炎について

犬や猫は他の動物と同様に、様々な病原体の感染によって脳炎や髄膜炎にかかります。
代表的なものとして、狂犬病、犬ジステンパーウイルス、猫伝染性腹膜炎ウイルスなどのウイルス感染、外傷や内耳炎などによる細菌感染、エーリキアなどのリケッチア感染、ネオスポラやトキソプラズマなどの原虫感染、クリプトコッカスなどの真菌感染などが挙げられます。

しかし、特に犬では病原体が見つからないタイプの脳炎が最も多く、詳細な原因は解明されていないものの、免疫介在性の疾患(免疫システムが異常を来たし、自分の身体の一部を攻撃してしまうもので、アレルギー反応と類似)であることが疑われています。この免疫介在性が疑われる髄膜脳炎には、肉芽腫性髄膜脳脊髄炎(GME)、壊死性脳炎(NME、NLE)、ステロイド反応性髄膜炎動脈炎(SRMA)などが含まれていますが、特に前者2つの確定診断には脳組織の病理検査が必要となります。

GME

中年齢(4-8歳)の小型犬、特にテリア系の避妊雌に多く認められることが広く知られていますが、大型犬を含めて様々な犬種や年齢の患者が罹患することが報告されています。
ウイルス性脳炎に類似した病変分布を起こすため、Schazbergらのグループによって様々な病原体を検出する試みがされてきましたが、一貫した病原体は見つかっていません。

壊死性脳炎

パグ、ヨークシャーテリア、フレンチブルドッグ、チワワなどで報告があり、名前の通り脳組織の一部が壊死を起こすことが特徴の一つです。比較的若い犬に多く認められますが、10歳齢の報告もあり、GMEと同様に幅広い年齢層で罹患する可能性があります。

SRMA

髄膜上の細い動脈が炎症を起こす疾患で、ビーグルペインシンドロームとも歴史的には呼ばれていました。
5-18ヶ月齢の若い犬が重度の頸部痛を起こすことが特徴的で、発熱を伴うこともあります。ボクサー、ビーグル、バーニーズマウンテンドッグ、ジャックラッセルテリアなどに多く認められ、通常、急性期には重度の頸部痛が一般的に認められます。慢性的になると髄膜の肥厚や脳脊髄障害などが認められることがありますので、発症時に正確な診断を行い積極的な治療を行うことがとても重要です。また、治療には長期間を要するため、途中で治療を停止すると再発が多く注意が必要です。

症状

脳や脊髄の中でどの部分がどの程度炎症を起こすかによって様々な症状が認められます。てんかん発作、頸部痛、歩様異常、身体の麻痺などの明らかな神経の症状を起こすことが多いですが、一方で何となく元気がない、どこかを痛がる、食欲がない、などの原因を特定することがとても難しい場合も少なくありません。

診断

うつぎ脳炎
診断にはMRIと脳脊髄液検査の両方が必要となります。両検査ともに全身麻酔が必要となるため、通常は麻酔をかけた際に両方の検査を同時に行います。
また、感染性脳炎でないことを確認するために、ウイルスなどの病原体を検出する検査を追加することもありますが、地域によってそれぞれの感染症の危険性が異なるため、お住まいの地域によって検査する項目が異なります。

壊死性脳炎は一般的に治療に対する反応が思わしくないため、様々な研究者や獣医神経科医、病理医などが生前診断を模索していますが、現段階では脳組織の一部を採取せずに壊死性脳炎やGMEを確定診断する方法はありません。しかしながら、脳組織の生検には特殊な機器が必要となり危険を伴いますので、多くの場合は犬種、年齢、臨床経過、MRI検査の結果や脳脊髄液検査の結果などを総合的に判断して暫定的な診断を下します。

治療

免疫介在性疾患であることが疑われる場合には、ステロイド剤や免疫抑制剤を併用することが一般的です。様々な免疫抑制剤の治療効果が報告されていますが、どれも規模が小さく、確定診断が行われていないものや、治療後の経過が悪くて亡くなってしまった症例に使用した治療方法を比較検討するという手法がとられていることもあり、数多くある研究を比較検討する上で大きなジレンマとなっています。そのような状況ですので、獣医神経科医によって最初に使われる免疫抑制剤は数種類に分かれます。

予後

髄膜脳炎の予後を予測することは一般的に難しい場合が多く、治療に対する初期反応によって判断されます。
壊死性脳炎が疑われる患者の予後は特に注意が必要ですが、GMEなども一部の患者では急激に症状が悪化したり、積極的な治療をしても数日以内に亡くなってしまうことがあるため予後には十分な注意が必要です。
ステロイド剤や免疫抑制剤にはそれぞれ固有の副作用がありますので、診断および治療は経験の多い神経科医のアドバイスを受けることが勧められます。

馬尾症候群

馬尾症候群とは

犬や猫の脊髄は7つある腰椎のうち第5-6腰椎で先細りとなり、そこから出た神経根という多数の細い神経の束が脊椎で出来た骨のトンネルの中を通過します。これらの神経根のことを総称して馬尾神経(cauda equina)と呼び、各神経根は椎間孔という小さな穴を通って脊椎外へ出て、後肢などへと分布します。
馬尾症候群は腰仙椎関節付近における脊髄、神経根、馬尾の圧迫によって起こる様々な神経症状の症候群で、近年では変性性腰仙椎狭窄症とも呼ばれています。馬尾症候群は先天性あるいは後天性に起こります。
先天性の馬尾症候群は様々な骨の奇形によって神経根が圧迫を受けるために比較的若齢で発症し、治療方法は個々の動物によって検討する必要があります。また、後述する滑膜嚢胞が先天的あるいは成長期に形成される場合もあります。
後天性の腰仙椎脊髄管狭窄の要因として、ハンセン2型の椎間板ヘルニア、骨軟骨症や腰仙椎関節の不安定に伴った靭帯肥厚、滑膜嚢胞などがあげられます。腰仙椎間の椎間板は身体の中で最も大きな椎間板で多くの負荷を担うため、ハンセン2型の椎間板ヘルニアが関与することが非常に多いです。
ジャーマンシェパード、ベルジアンシェパード、ボーダーコリー、オーストラリアンシェパード、ラブラドールレトリバーなどの中型〜大型犬に好発し、雄でより多くみられます。また、ジャーマンシェパードでは移行脊椎症という脊椎奇形と本症との関連性が報告されています。犬と比較すると少ないものの猫にも認められます。

臨床症状

臨床症状は様々で、時には症状が神経疾患以外の疾患と類似することも多く、特に股関節炎との鑑別が難しい場合があります。
最も多く認められる症状は腰仙部の痛みであり、その次に後肢の跛行が多く認められます。痛みの症状としては、ジャンプしたがらない、高い所に跳び乗れない、座るのが遅い、尻尾をあまり上に上げない、などが多く認められます。このような痛みをメインにした症状が骨関節炎などの整形外科疾患と類似しているため、骨関節炎と誤認されることが非常に多い疾患です。
一般的に骨関節炎は運動後に症状が軽減されるのに対して、馬尾症候群による跛行や痛みは運動後に症状が悪化する傾向があります。また、跛行する足が左右入れ替わったりすることも多く認められます。また、尾の付け根など特定部位をしきりに気にして舐めたり噛んだりするという主訴で、皮膚科を受診されることもあります。

症状が進行すると、腰仙部の痛みと後肢の跛行以外に後肢の筋肉が萎縮し、後肢の不全麻痺、排尿機能不全、排便困難などの症状も認められるようになり、場合によっては治療後の経過が思わしくなくなります。

診断

一般的に馬尾症候群の診断は困難なことが少なくありません。確定診断にはMRIやCTなどの高度画像検査が必要ですが、正常な中高齢の犬や猫でも画像上の異常が認められることが珍しくなく、これらの患者には治療が必要ないことから、臨床症状の見極めが非常に大切です。また、馬尾症候群だけでなく様々な整形外科疾患を併発している場合も多く、画像上の異常と紛らわしい臨床症状が獣医師を悩ませることが少なくありません。

馬尾症候群の正確な診断と最適な診断・治療には獣医神経科専門医への受診が強く勧められます。電気生理学的検査も診断の補助および治療方法の選択に有効活用されることがあります。

馬尾症候群1
馬尾症候群2
馬尾症候群3
腰仙椎間において椎間板ヘルニアによって片側の神経根が圧迫を受けている状態。
このような神経根に対する圧迫は非常に痛く、跛行の原因となる。

治療法

内科的療法

比較的症状が軽く、疼痛や軽度の跛行を主訴とする症例では、運動制限や抗炎症剤、鎮痛剤の投与により一時的に臨床症状の緩和が認められます。
 
硬膜外麻酔
比較的症状が軽く、疼痛や軽度の跛行を主訴とする症例では、内科療法と併せて硬膜外に抗炎症作用のある長期作用型コルチコステロイドを数回投与することがありますが、適用となる症例の選択がとても重要です。

外科的療法

内科療法に反応がない場合、疼痛が激しい場合や両後肢不全麻痺などの神経障害が認められる症例に対しては早期の外科手術が適応となります。手術は第7腰椎と第1仙椎間の背側椎弓切除術が減圧療法として行われます。
椎間孔狭窄による神経根の圧迫がある症例では、減圧術と組み合わせて様々な手法で椎間孔を拡大する事があります。

また、椎体に不安定性がある場合や椎間孔狭窄がある場合などに椎体をスクリューなどのインプラントを用いて固定することがありますが、この手術にはインプラントの破損、感染、関節突起骨折、馬尾神経の損傷などのリスクを伴うため症例の選択には十分な注意が必要です。

馬尾症候群 外科的療法1
馬尾症候群 外科的療法2

予後

馬尾症候群の予後は原因、重症度、そして傷害を受けている期間によって決まります。退行性の腰仙椎関節狭窄による疼痛を主訴とする症例の多くは外科手術により症状の改善が認められます。
ある報告では背側椎弓切除術を中心とした外科治療による症状の改善が79%(平均追跡期間1年半)、長期間(5年未満)経過を追った場合にも70%以上の症例で改善した状態が維持されています。
慢性の疼痛や跛行に加え、神経障害を持つ症例では手術後の神経症状の改善に時間がかかることが多く、完全な改善が見られないこともよくあります。また、尿失禁、排便不全を持つ症例では一般的に予後がよくありません。
馬尾症候群は慢性進行性の疾患ですので、早期に獣医神経科医への受診が勧められます。

 

 

前庭疾患

前庭疾患とは

前庭疾患とは、様々な原因で平衡感覚を失ってしまう病気全般を指します。
動物の身体には、平衡感覚を司る三半規管という小さな器官が両側の内耳に存在します。
両側の三半規管が感知した頭の動きや位置が神経を通じて脳幹へ伝えられ、平衡感覚が生まれます。片側の三半規管やその信号を受け取る脳幹が機能しないと、世界がグルグルと回ってしまうような感覚に陥り、めまいやふらつきが起こります。

臨床症状

首が片側に傾き、眼を見ると一定のリズムで揺れ、歩こうとするとバランスを崩したり一方向にグルグル回ってしまったりすることが主な症状です。また、空中に抱え上げられるとパニックになったり、暗い場所や寝起きに症状が悪化することが多いのも前庭疾患の特徴です。症状は突然、あるいは徐々に起こることもあります。

両側の平衡感覚が異常を来たすと首の傾きや眼の揺れなどはそれほど認められませんが、特徴的な歩き方や首の動きをすることが多く、足を上げたりジャンプする際にバランスを失ってふらつく症状が多く認められます。

原因疾患

  1.  三半規管が障害を受ける疾患:内耳炎、ポリープ(猫)、耳の中の腫瘍、外傷、内耳に毒性のある薬物の投与、特発性前庭障害、甲状腺機能低下症
  2. 脳幹の疾患:脳腫瘍、脳炎、脳梗塞、メトロニダゾール中毒、甲状腺機能低下症、外傷

診断方法

病歴と神経学的検査がとても大切です。三半規管に異常があるのか脳幹に異常があるのかを見極め、検査および治療計画を決定します。特に脳幹の病気が疑われる場合にはMRI検査が大切になります。

CTスキャンは中耳炎など耳の病気を診断するためによく使われますが、脳幹にも病気がある場合には見逃すことが少なくない上に、中・内耳炎と脳幹の疾患が併在することがあるため、脳幹の病気が疑われる場合には推奨されません。MRIを行うと中・内耳の病気も脳幹の病気も見ることができるので、多くの神経科医はMRI検査を行います。また、場合によっては特殊な電気生理学検査(ABR:聴性脳幹反応)を行うこともあります。

前庭疾患1
前庭疾患2

 

治療方法

内耳炎やポリープは投薬や手術によって治療されることが多いですが、障害が重度な場合には治療をしても機能が完全には回復しないことも多くあるため、早期の積極的な治療が大切です。
三半規管に毒性のある薬によって起こった前庭疾患は、障害を受けた三半規管は治りませんが徐々に慣れて症状が改善することがあります。
また、同時に聴覚が障害を受けることがあります。特発性前庭障害は原因不明の病気で急激にひどい症状が出ることが多いですが、2~3日後から徐々に改善し始め、数週間で回復することが多い病気です。
脳腫瘍、脳炎、脳梗塞による前庭障害は原因の病気を治すことが大切ですが、脳幹は手術が非常に難しい部位なため、脳腫瘍の治療は一般的に非常に困難です。

メトロニダゾールは下痢などの治療によく使われる抗生物質ですが、長期間飲んだり肝機能が低下していて十分に代謝できない状態だと中毒を起こすことがあります。通常は休薬と2~4日間の入院治療で回復します。